目次

1日目。羽田からバンコク、タマサート大学ランシット校へ。

2日目。チェンライで道に迷う。

3日目。トレッキングに出発。

3日目。山中で疲労困憊する。

3日目。ラフ人の村からサイモンさんの家へ。

4日目。村の儀式

4日目。サイモンさんの家からアカの村へ。

5日目。トレッキング最後の日

6日目。チェンライの一日

7日目。チェンライからチェンコーンへ。

8日目。往復216円の海外旅行。(海外ではないけど)

9日目。さよなら、チェンコーン。

10日目。バンコクまでお使い。

11日目。サファリワールド、バンコク

12日目。バンコクから27円で行けるタイ湾。

13日目。日記の終わり

2012年06月06日

3日目。トレッキングに出発。

9時半少し前にゲストハウスをチェックアウトすると、トレッキング(山歩き)ガイドのサイモンさんが、玄関で待っていた。2泊3日のトレッキングツアーに出発。


彼の車に乗って、まず、チェンライ中心部の市場に言った。魚屋に行くと、生けすの中に鯛くらいの魚が泳いでいた。店の人は、魚を棒で叩いて気絶させ、腹を捌いて内臓を外して渡してくれた。次ぎに、豚肉を買った。常温のまま外に並べられていて、生臭い店だった。それから多量の野菜、油一本、干しえび、昼のお弁当を買って、山に向かった。


10時30分ころ、サイモンさんは山の中の道端に私を下ろした。5分くらい待つように言って、スーツケースは車に乗せ、どこかへ行ってしまった。私は、まずツアー会社のオフィスに行って、スーツケースを預けてから山に行くのだと思っていたので、けげんな気持ちだった。彼は自分の娘をバイクに乗せてもどって来た。私たちはそこから伸びる山道に入り、娘はバイクにのって帰って行った。


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山道をしばらく登ると養豚場があり、そこを通り抜けて川を越え、藪の中をすこし歩くと、また車道に出た。道なりに歩いていくと両側に村があり、カレン人の村だという。サイモンさんもカレン人で、この村にいた事がある。私には、この村は山岳民族というより、たんに辺鄙な田舎の村のように思えた。庭先には学校の制服が干してあったので、意外に思った。制服のある近代的な教育とこの村がどうにも結びつかない気がした。しかしこの先、さまざまな村で、学校制度がととのっているのを見ることになった。山岳民族の人々は、タイ語を苦もなく使いこなしていた。


それから、この村には鶏がたくさんいた。それぞれに飼い主がいるのだろうけれど、あちこちを自由に歩き回っていた。ヒヨコも連れていた。この村以外でも、訪れた村ではどこも放し飼いの鶏がいた。


サイモンさんはこの村には知り合いが多く、会う人ごとに立ち話をした。私も、ニホンジンデスなどと下手なタイ語を使ってみた。村を抜けて、11時30分ころ道端の家先で休憩した。その家の老人に、戸の前の椅子に坐るよう言われて、腰掛けた。庭には腰の高さくらいの広い台があり、よく見るとその下は鳥小屋だった。あたりは生ゴミが散乱していて、異臭がした。我慢して坐っていると、ハエのような虫が次々と来て、私を刺した。耐えきれずに道に近い方に逃げると、老人はそこに椅子をもって来てくれた。サイモンさんと老人が話しているあいだ、私はあたりを眺めていた。なぜ私だけが虫に刺されるのだろう?


陸軍のトラックが道を走っていった。兵士たちが私に向かって「ハロー」と手を振った。私も手を振り返した。どこか遠くのほうから、奇妙な叫び声が聞こえてきた。サイモンさんは、鳥だといった。


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私とサイモンさんは英語で話した。サイモンさんは日本語も知っていた。文法は知らないようだったが、ガイドに必要な言葉は豊富だった。私はタイ語をほんの少しだけ知っていた。日陰のない道を二人で歩きながら、サイモンさんは「アツイネー」と叫び、私は「ローン・マーク・ナ」と言い返した。
posted by yanagisawa at 21:41| Comment(0) | 日記
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