目次

1日目。羽田からバンコク、タマサート大学ランシット校へ。

2日目。チェンライで道に迷う。

3日目。トレッキングに出発。

3日目。山中で疲労困憊する。

3日目。ラフ人の村からサイモンさんの家へ。

4日目。村の儀式

4日目。サイモンさんの家からアカの村へ。

5日目。トレッキング最後の日

6日目。チェンライの一日

7日目。チェンライからチェンコーンへ。

8日目。往復216円の海外旅行。(海外ではないけど)

9日目。さよなら、チェンコーン。

10日目。バンコクまでお使い。

11日目。サファリワールド、バンコク

12日目。バンコクから27円で行けるタイ湾。

13日目。日記の終わり

2012年06月09日

7日目。チェンライからチェンコーンへ。

朝、ダニに右腕を何ヶ所か刺されたのに気づく。用心して虫除けをかけておいたのだが。チェックアウトの日なので、気が進まないまま、荷物をまとめた。


バス・ステーションに行き、チェンコーン(メコン河畔にある、ラオスとの国境の町)行きのバスに乗った。67バーツ(181円)。はじめは立ち乗りの人もいたが、だんだんと減った。走り出してから雨になり、寒くなったので、上着を着た。チェンコーンに近づくと、中国語の看板がふえた。


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(運転中もドアは開けたまま)


チェンコーンについて、トゥクトゥクで、日本人経営のゲストハウスにいった。町からはずれた村のようなところにあった。一泊150バーツ(405円)。二階のテラスから、メコン川が見渡せて、とてもよい眺め。


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(メコン川の向うはタイではなく、ラオス)


町に出て散歩してみるが、面白いものは何もない。とちゅうでクエッティヤオを食べた。肉がジューシーで美味い。宿の近くまでもどって、駄菓子屋(のようなところ)で、ジュースを買った。人が集まって、ムエタイを見ていたので、一緒に見た。あれこれ話しかけられた。そのとなりにある看板の無い店はカオソイ屋らしいので、入ってカオソイを食べた。20バーツ(54円)。安くてうまい。


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夕方になって、駄菓子屋にもう一度行き、ウイスキー(のようなもの)をかった。ラオ・ウィサキー・アライコダーイ(酒、ウイスキー、なんでもいい)というと、店の人が面白がった。テラスでメコン川の夕暮れをぼうっと眺めながら飲んでいると、この宿の子どものヨウコちゃんがきたので、一緒にあそんだ。四歳だという。人なつこい。あたりは暗くなっていった。蛍が何匹もとびかい、それを一緒に見ていた。「火垂るの墓」(ジブリのアニメ映画)を思い出した。ああそうだ、あれの英語版で、fireflies という言葉を知ったのだ。それから、ヨウコちゃんが、柱にトッケーがいると教えてくれた。大きかった。


八時ころ散歩にでると、裏の家の老人に、飯を食べに来いとさそわれた。ウイスキーをもって、上がりこんだ。老人は60歳でサーム(三という意味)さんといった。それからその子どものサンさんと女性がいた。茹でたエビとご飯とウイスキーで盛り上がった。
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6日目。チェンライの一日

目が覚めると、アントニオがバスに乗る時間は過ぎていた。雨が降っていたので出発がおっくうになり、チェックアウトは翌日にすることにした。それをフロントに言いに行くと、小さい方の女の子がいて、また隠れてしまった。


9時半ころ傘をさして洗濯屋の前に行った。閉まっていた。先に朝食をとることにした。


とちゅうで、雨合羽をきた子どもの花売りとすれ違った。花売りは、立ち止まって、私のことを子犬のような哀れな目でじっとみた。私は、いらないと言って、そのまま通り過ぎた。少し歩いているうちに、チェンライに来て濡れて道に迷っていた自分の姿を思い出した。引き返して、花売りを追いかけた。いくらかと聞くと、40バーツ(108円)。高い。カメラを向けると嬉しそうに笑った。年は八歳だといった。


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朝食は豚肉のクエッティアオ(麺類)30バーツ(81円)。朝食からの帰り、洗濯屋がまだ閉まっているので不安になって中をのぞいた。昨日のおばさんがいて、出来上がった洗濯物を渡してくれた。不安が消えたので、ゲストハウスにもどって、雨がやむのをまってから、洗濯して欲しいものを全部洗濯屋へ持っていった。50バーツ(135円)。おばさんは空を見てから、明日の9時にできるといった。


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つぎにバス・ステーションの様子見にいった。チェンコーンへのバスは、予約する必要はなさそうだった。ネットカフェに行き、30バーツ(81円)くらいつかう。昼食は久しぶりに洋食を食べたくなり、英語メニューのあるレストランでサンドイッチとペプシを頼んだ。120バーツ(324円)。その後、喫茶店に入り、アイスコーヒー50バーツ(135円)。どちらも高い。金銭感覚がタイ化していると感じた。


日差しが強くなったのでゲストハウスにもどった。、休む。両手足をしみじみとみると、ずいぶん虫に刺されている。とくに左足はひどく、数えてみたら40ヶ所くらい刺されていた。足全体が水玉模様で、前衛芸術のようになっていた。一日に、なんども薬を塗った。


チェンライは今日で最後なので、観光に出かけることにした。トゥクトゥク(タクシーのようなもの)にワット・プラケオ(寺の名)までいくらかと聞いた。50バーツ(135円)というので、40バーツ(108円)にしてもらって行った。


ナーガ(複数の頭がある蛇。ヤマタノオロチと同源ではないかと思う。)の像を見るのがこの旅行の目的の一つだったことを思い出して、探すが、面白いものはなかった。それから、歩いて市場に向かった。とちゅうに、ワット・ムーンムアン(寺の名)があったので見物。


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市場は東南アジア的で雰囲気があった。母子の物乞いがいて、哀れそうな目で私を見てきた。子どもに花を売らせるのも、物乞いをさせるのも同じようなものだと思った。疲れたので帰る。


夕方、マッサージに行くことにした。同じような店が並んでいるところできくと、オイルマッサージが300バーツ(810円)だという。答えた人が美人だったので、あなたがするなら入るといって入った。25歳のリーさんという人で、ミャンマーから来たと言ってた。支払いのさいに、お釣りのうち100バーツ(270円)をチップとして渡すと喜んでいた。マッサージからの帰り、洗濯屋のおばさんに道で呼び止められた。もう出来たからもっていけ、とのこと。それをもって宿に戻る。


日が暮れてから、夕食に出た。今日はバーがみんな休みで、その他の飲食店も休みが多かった。インラック首相がチェンライに来ていたことと関係あるのかも知れないが、分からない。しかたなく、昼食と同じレストランで、タイ風カレーを頼んだ。外人向けのマイルドな味付けだが、美味かった。120バーツ(324円)。またネットカフェに寄り、30バーツ(81円)くらい使って帰った。


チェンライに慣れてきたので居心地がよく、明日のチェックアウトが気が進まない。
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2012年06月08日

5日目。トレッキング最後の日

奇妙な夢をみた。魔術的な夢だった。目を覚ますと朝日が竹壁のすき間から差し込んで、虫と鳥の声があたりを満たしていた。


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散歩した。村は朝靄に包まれていた。


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サイモンさんに呼ばれたのでいくと、アントニオとガイドがいて、ライチを食べていた。ライチはこのあたりには多く、トレッキングの途中でもよくとって食べた。コーヒーを入れてもらった。アントニオはエスプレッソ、サイモンさんはお茶を飲んでいたので、これで英米伊になったとサイモンさんがいった。アントニオは、ネスレはスイスだよといって笑った。


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アントニオも私と同じく、今日でトレッキングが終わり、チェンライに戻るという。明日チェンコーンに行くのも私と同じだ。アントニオは6時のバスで行くといい、私の予定をきいた。私は早起きは苦手なので、午後のバスで行くと答えた。もし起きられたら、一緒に行くとしよう。


朝食のあと、山道をすこし歩いて滝を見にいった。意外なほど水量があり、こんな高いところにどこから水が来ているのだろうと思った。


部屋に戻ってシャワーを浴び、最後のトレッキングの準備をした。私の両手両うでは小さな傷がたくさんあった。何ヶ所も虫に刺されていた。爪には泥がたまっていた。入念に虫除けと日焼け止めを塗った。どうせ、すぐに汗で流れてしまうだろうけど。さあ、出発だ。


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道は山道だったが、地元の人がふだん使っている道で、下りだったので楽だった。(疲れたけれど。) 田んぼのつづく風景をみながら歩いて、ラフの村についた。広縁の上で、汗を拭き、水を飲んだ。風が吹いた。「いい風だ」 と私がいうと、サイモンさんは静かにうなずいた。


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(近所の家によって、ふかし芋を食べた。)



そこからまた歩いて、自然公園についた。道路沿いの店に入って、昼食を食べた。それがサイモンさんと食べた最後のご飯だった。その店で、いままで使っていた竹の杖を捨て、オートバイに乗って、サイモンさんの家に向かった。トレッキングはこれでおしまい。


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バイクに乗って、歩かなくて良いというのはなんて楽なのだろうと思った。サイモンさんの家で荷物をまとめ、いよいよチェンライに出発。さいごに、サイモンさんの家族と写真を撮った。


車でチェンライに行く前に、ミャオ人の村に行った。ここは象乗りのポイントになっていて、民族衣装のおばあさんがお土産を売っていた。成り行きで買うことになって、キーホルダーを一つ買った。20バーツ(54円)。おばあさんは他のものも次々ともってきたので、「いらない」 とできるだけ困った顔でいった。


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すぐ近くのパイナップルの出荷場所にも行った。作業中の人から、「ここでは1キロあたり1バーツ(2.7円)だが、日本ではいくらか?」 ときかれた。「100バーツ(270円)だ。」 とてきとうに答えたら、さすが日本は高いとうなずきあっていた。日本でもそんなにしないような気もするが、まあいいか。


そこを出発してチェンライに。私は最初の出発点をもう一度見たいと思って、注意して窓の外を見ていたが、けっきょく分からなかった。サイモンさんに、日系のゲストハウスがあると勧められたので、そこに行くことにした。ゲストハウスの前まで連れて行ってもらい、そこでお別れ。名残惜しかったけど、そっけない挨拶しかできなかった。ありがとうサイモンさん。


ゲストハウスでは大小二人の女の子が受付にいた。大きい方が英語を理解し、対応をしてくれた。一部屋350バーツ(945円)だったと思う。


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チェックインのあと、スーツケースを二人で4階まで階段で運んでくれた。エレベーターが無いのである。部屋で一息ついてから、フロントに行って小さい女の子に 「地図をください」 とタイ語でいい、念のため、英語でもいった。彼女は奥のほうに隠れてしまい、大きい方がでてきた。このあとも、小さい方は話しかけられると、いつも隠れてしまうのだった。


地図をもらって、近所の洗濯屋にいった。1キロあたり、30バーツ(81円)で、全部で40バーツ(108円)だった。明日の9時にできるという。洗濯屋のおばさんが引換券をくれないので、不安になった。ちゃんと戻ってくるだろうか?


それから後のことはよく憶えていない。たしか雨が降って、その雨が上がるとずいぶん寒くなって、中華料理店でラーメンを食べた。
posted by yanagisawa at 15:22| Comment(0) | 日記